IE9ピン留め
山の音
川端康成「山の音」


初めての夜。

この期に及んでも 腕の中に飛び込めないでいるハルに
ホシはいささか手をやき、

ハル。
男はそう持つものでもないんだよ。
と つぶやいた。

この年で怖いものなんかなさそうなものなのに
ホシと身体をあわせることを自分自身に赦すには
ハルには勇気がやはりいったのだ・・・

寒い夜だった。

ふと目覚めると 白々と明るくなっている。
隣で寝ているホシの布団に知られぬようにそっと入ったつもりだったのだが

案の上、目を覚ましたホシは、冷たい足は大好きと言い、
自分の両足にはさんでくれた。

障子戸を開けると 近くのこんもりとした山が正面にあり
立ち枯れたような木々の隙間から
ところどころ雪で覆われている地肌があらわれている。

ぽつんとホシは
鬼が降りて来そうだね・・・。
と 言った。

そのとき 雪で傷ついた地肌の上を鬼をはだしで走り下らせている
うめき声とも 泣き声ともつかない
山の音を聞いたような気がした。


時がたった今でも 
ハルの耳の奥底で鮮やかに音は蘇る。
途切れることを知らない通奏低音のように。

・・・・・・・・・・・・・・・

ホシへ。


人の言葉の虚しさを知り、
気持ちを量ったり、試したりすることの馬鹿馬鹿しさを知った今、

一番 自分らしく、ハルらしくいるためには、

うそのない、うしろぐらさのない、まじりけのない、
ホシへの想いと、

どんなときでも 周りに対して
深い謙遜で鎮められた心を保ち、惜しみなく働けるように
祈る気持ち

その二つをたずさえて
これから二人で迎えるすべてを 何一つ無駄にしないよう
大切に受け止めることだと思っています。



昨日。
これまで生きるために持っていた
秩序や、規制、限度などを伴った考えは
これからのわたしには
もはや役立たないことを 思い知りました。

そして、
軽蔑されることや
誰かを不幸にすることを怖れる気持ちを持つこと自体が
わたしを成り立たなくしている、と
気づきました。

いったい 守ってきたもの、守らなくてはいけなかったものとは何だったのだろう。
そんな、一切の自問自答を停止し、握りつぶしてしまいました。

これから
それぞれが過ごしてきた50年を
手のひらを開くように解き放ちたい。

そして、
互いに共有できなかったその50年を
独りで反芻することを互いに赦し、

ハルには何もないから、
体温を分け合うことで わずかでもホシを慰め、

何もできないけれど、
黙ってしまわざるを得ない瞬間を 
音楽に耳を澄ますように
ホシと分かち合いたい。

山の音を聞いた、あの朝。
裸のハルには
勇気しかなかったことを思い出し、
怖れることなく
再び、ホシへ飛び込もうと思います。

確かにこれから背負う荷は重く、辛いはずです。
だけど、
ホシを失うよりもたやすい。

さらに深くホシと出会っていくことが
ハルのシアワセです。

ハルのシアワセはホシそのものなのです。




ハルより。




# by haru_50 | 2009-04-18 14:35 | | Trackback | Comments(0)
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人生の折り返し地点をとうに過ぎてから出会ったハルとホシの忘れたくない日々をハルが気ままににつづります。

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